伊藤ヒロ 『異世界誕生 2007』 (講談社ラノベ文庫)

異世界誕生 2007 (講談社ラノベ文庫)

異世界誕生 2007 (講談社ラノベ文庫)

自分の知っている倫理観や常識とはまったく違う。友人や家族が、自分の知らないところで、そんな風に生きていただなんて。

世界が、がらがら崩れていくようだ。困惑や不安が彼女に嘔吐させていた。

(よく、口ではキモいなんて言っていたけど、本当に気持ち悪いってのは、こういうことだったんだ……)

「涼宮ハルヒの憂鬱」と「ゼロの使い魔」が立て続けにアニメ化して大ヒットしていた2006年が過ぎ去って,2007年春.「タカシの冒険」が「インターネット発のラノベ書籍化」として一部で話題になっていた頃,作家志望のニートがひとり自殺しようとしていた.

難病に伏せる幼なじみの妹に,物語を語って聞かせる日々.中学生の日常は大きな変化を迎え,ニートは死を決意する.前作「2006」に続き,「物語」にできることを中学生の視点から語ってゆく.描かれる出来事は「2006」とはまた別の意味で生々しくえぐい.「小説にはストーリーもキャラクターも重要ではない」という考え方.人間のクズだった兄がしていたこと.他人の倫理観に触れて見え方の変わる世界.救っているつもりでいた相手に救われていたこと…….ご都合主義では終わらない.

作中と同じ頃に流行り始めた難病ものやケータイ小説へのオマージュも込められているのかな.調べてみたら『恋空』の発表が2005年,書籍化が2006年,映画化が2007年なのね.きれいに終わった「2006」の続きって何を書くんだと思っていたけど,読んでいくうちに,残っていたモヤモヤがいくらか晴れた気がした.良かったです.



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かめのまぶた 『エルフ学園のラブコメは卒業できない』 (ファミ通文庫)

エルフ学園のラブコメは卒業できない (ファミ通文庫)

エルフ学園のラブコメは卒業できない (ファミ通文庫)

「確かに遠くまで来たけど、ここから先へは行けないんだよ。だから、本当に遠くへ行きたいんなら、今は帰らなきゃなんない」

そんな言葉が、すらすら俺の口から出てくることに自分で驚く。

ちょっと前の俺なら、こんなこと言えなかったし、思っても見なかったはずだ。

言葉も通じない異世界に飛ばされて一ヶ月.森で死にかけていた普通の高校生,空州剛は五人のエルフの少女たちに助けられる.少女たちの通うエルフの学校に世話になることが決まった剛だったが,校長から出された卒業のための課題に少女たちと取り組むことになる.

五人の少女とそれぞれ協力して,エルフの学園を卒業しよう.一風変わったミステリだったデビュー作から一転,オーソドックスな学園ファンタジーラブコメ.細かいところに気を配っているし,お約束をなぞるだけではない.というのは分かるのだけど,それ以外に書くことがあまりない.あとがきにある「殺伐とした作品」が読みたかった……というのはないものねだりだけど,あえてこれ,というところも薄いかなあ.



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枯野瑛 『終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか? #8』 (スニーカー文庫)

終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?#08 (角川スニーカー文庫)

終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?#08 (角川スニーカー文庫)

「実際に虚偽か否かなど、凡俗の頭にゃァ難しすぎて、構ってられやしません。開け慣れた引き出しに収めて、知った気になれるかどうか。それがあたしらにとっての『ほんと』で、それ以外があたしらにとっての『うそ』だ」

〈十一番目の獣〉(クロワイヤンス)の打倒と英雄の誕生によって38番浮遊島は歓喜に沸いていた.その水面下で,終末は着実にリミットが迫っていた.明らかにされた滅びを避ける方法は,自分たちの手で浮遊大陸群(レグル・エレ)を破壊し沈めること.

最終章開幕.妖精たちの父親とひねくれ者の魔王,すでにこの世にいないふたりが,新しい世界を創造しようとする〈最後の獣〉(ヘリティエ)の前に現れる.終末を前にした世界を救うために何を犠牲にするのか,誰が手を汚すのか.現在と過去と未来と,オーソドックスで普遍のテーマを群像劇のような手法で語る.現代日本の問題を反映したのかな? と思しき描写が今までに比べても多めだったように思う.

世界を救おうとした「無私の聖人」の真の思惑と,それを許さないふたりの死者.〈十七種の獣〉もそうだけど,明確な「敵」というのとはまたちょっと違うんだよね.独特のストーリーテリングだよなあと改めて思ったことでした.

三鏡一敏 『ヴァルハラの晩ご飯 ~イノシシとドラゴンの串料理~』 (電撃文庫)

ヴァルハラの晩ご飯 ~イノシシとドラゴンの串料理~ (電撃文庫)

ヴァルハラの晩ご飯 ~イノシシとドラゴンの串料理~ (電撃文庫)

「エインヘリヤルらの数はもうじき二十万に手が届くという。海神エーギルから買い占めた宴用の食糧も、底を突くのは時間の問題。更に買い付けようにも備蓄の黄金が持たんし、そもそもエーギルが持つ食糧とて無限ではない。どうにか打開策は出せんものか……」

ここはヴァルハラキッチン.セイことセーフリームニルは,一日一回死んでも生き返るという己の体質を利用して,エインヘリヤルたちの食糧をやっていた.ヴァルキューレ九姉妹やアース神族たちに仕えながら日々を送っていたセイは,いきなり現れたロキに振り回されることとなり.

第22回電撃小説大賞金賞受賞.北欧神話世界の日常をオールスターで描く「“やわらか神話”ファンタジー」.特に変わったことが起こるわけではなく,固有名詞をググったり出典を調べながら読むのが楽しいタイプの小説.北欧神話って知ってるようで,実は知らないことがかなり多いんだなあと思い知ること請け合い.空気を読まないネットスラングとか,ちょくちょく挟まれる露骨なおっぱいネタに水を差されることが多いのが気になった.悪い小説ではないんだけど,変なところで読者を選ぶ話になっている.ちょっともったいないような.

裕夢 『千歳くんはラムネ瓶のなか 2』 (ガガガ文庫)

千歳くんはラムネ瓶のなか (2) (ガガガ文庫)

千歳くんはラムネ瓶のなか (2) (ガガガ文庫)

ふと、俺は来た道を振り返る。

長く、ゆるやかに伸びる河川敷の一本道には、ちらほらとスマホの明かりに照らされた藤志高生の輪郭がぼんやりと灯って揺らいでいた。

千歳朔はクラスメイトの七瀬悠月から告白され,彼氏彼女として付き合うことになった.しかし,その告白は真っ当な意味を持つものではなかった.

これは,偽物の恋の物語だ.福井県を舞台にした「“リア充側”青春ラブコメ」の第二巻.社会的には非の打ち所がないリア充たちの,腹の中に隠した悩みと恋の鞘当て.そして,社会のルールからの逸脱を厭わない相手が目の前にいることの強いストレス.息が詰まる,というよりは息苦しい.

気取ったテキストは癖が強く,一巻とは比較にならないくらいひとを選ぶと思う.引きこもりだったオタクの山崎健太の存在が,一巻ではいいバランスになってたんだなあ.たぶん次も買うのだけど,面白い,つまらないとは別の次元で,読むのが非常にしんどかった.



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