宮澤伊織 『神々の歩法』 (創元日本SF叢書)

「新しい敵が現れたのならなおさらだ。ミスター・マッケイ、ささやかながら忠告しますがね、ニーナの機嫌を損ねないほうがいいですよ」

「脅すつもりか?」

「八歳の女の子を怒らせるのは実に簡単で、機嫌を直してもらうのは本当に大変だというだけですよ」

2030年。怒れる神によって砂の海と化した北京に、米国の戦闘サイボーグ部隊が降り立った。神の名はエフゲニー・ウルマノフ。ウクライナの農夫だった男である。

宇宙から降りてきた狂える神々と、戦争に最適化された米ウォーボーグ部隊の戦いを描く。第6回創元SF短編賞受賞の短編と、その続編を収録した連作長編版。砂漠と化した紫禁城、岩手の大麻農場に現れた死の女神、コンゴ共和国のゾウが崇める宗教、エリア51を襲う現実改変ブルートフォース攻撃。基本的にはゆかいなボンクラSFなんだけども、あとがきでも触れているとおり、色々なタイミングが重なった結果、ネタの危険度が(特に書き下ろしで)幸か不幸か数段上がっているのが面白い(関係者はそれどころではないだろうけど……)。

短編版での各種一発ネタにフォローとディテールが与えられたおかげで、SFの面白さとボンクラ度がぐっと上がっていた。特に、ウォーボーグのビジュアルってちいかわの鎧さんなのでは、と気付いてからはダメだった。楽しゅうございました。



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柞刈湯葉 『まず牛を球とします。』 (河出書房新社)

「アルバムなんて概念は音楽をCDで売っていた時代の名残であって、今は好きな曲をプレイリストにして聴くものだよ」

と同僚の男性は言う。そいつは毎日スピーカーに、「今日の気分に合った曲」と言って、彼のパーソナル・サービスと連動した配信サイトが選んだ曲を聴いている。悪くないやつだけど音楽については絶対に分かり合えない。ああいうやつは将来的に機械の奴隷となって地下室で歯車についた棒を回し続けるだけの人生に喜びを見出すのだ。

全十四編の短編+あとがきを収録したSF短編集。『未来職安』を読んだときもちょっと感じたけど、シンプルかつシニカルなようでいて、意外と余計な情報量が多い。神は細部に宿る、じゃないけど、そのあたりの夾雑物みたいな部分が味なのだと思う。後半の短編に行くほど、ウェットでナーバスで情報量が増えていった気がした。気のせいかもしれない。

牛肉は食べたいが、動物を殺すのは抵抗がある。そんな人類が取った手段は、牛を球にして培養することだった。表題作「まず牛を球とします。」。世界でいちばん退屈かもしれない、女子高生が「数を食べる」話。わずか6ページに様々な感情が溢れてくる「石油玉になりたい」。月面の丘に腰掛けて、地球と月の自動的な戦争を眺める兵士が陥った狂気の果て、「ルナティック・オン・ザ・ヒル」。新型ウイルスがまん延する中、ダンボール箱を頭からすっぽり被って出かけた男の自意識、「令和二年の箱男」。元王朝の暦を作成する天文官が気付いたこの世界の存在意義、「改暦」。1945年8月、広島に落とされた原爆は不発に終わった。「沈黙のリトルボーイ」。この辺が特に好き。手軽に読めて気楽に楽しい、たまにぐさっと刺さるものが混ざっている。良い短編集でした。



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ヰ坂暁 『世界の愛し方を教えて』 (講談社タイガ)

有沢ニヒサは異世界人だ。俺が一番愛した女優・有沢アテナを追い出す形でこの世界へ現れた。

映画を愛し、映画監督の父と世界を憎む高校生、灰村昴は、有沢ニヒサが踏切に飛び込むところに出くわす。誰からも愛される大女優にして、「異世界病」を患った異世界人。ふたりは、大嫌いな世界への憎しみを込めた映画を撮ることにする。題名は『世界の憎み方を教えて』――

予告しておくと、俺はたしかにその映画を撮って、公開した。有沢ニヒサの世界への憎しみが詰まった映画を。

だけど、それでもニヒサと俺は世界の愛し方に辿り着くことになる。

これはそういう物語だ。

どこかにある異世界の人間と、人格と記憶がまるっと入れ替わる現象、「異世界病」。「世界が好き」ってどういうことだと思う? 私は「飼い馴らされる」ってことだと思ってる。そう断言し、世界を憎悪する異世界人を、世界を嫌う高校生が映画に撮る。その過程で、世界や社会、親子関係、異世界への憎悪と諦念が執拗に描かれる。凄かった……。希望と絶望、愛と憎悪が幾重にも折り重なるなか、自分は世界がまるごと嫌いじゃないんだ、と気づいて足取りが軽くなる主人公に少し気持ちが救われた。前作でも萌芽は見えたと思うけど、想像を遥かに超えてる作品を出してきたと思う。紛れもない傑作でした。



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手代木正太郎 『鋼鉄城アイアン・キャッスル2』 (ガガガ文庫)

とうとうと、ただ、とうとうと流れる時代の奔流の中、舵を手に船出したばかりの松平竹千代は、果たして流れに翻弄される木の葉に過ぎぬのか? はたまた濁流に逆らい泳ぎ切り、やがて昇竜となって天へと達する大魚であろうか? サテサテ、それは読んでのお楽しみ。

今川義元を滅ぼし一年。三河の雄となった松平竹千代は、日に日に名声を高めていた。一乗谷城の朝倉義景を攻める安土城を追いかけ、織田信長と友誼を結んだ竹千代は、信長の指示により甲斐の武田信玄と戦うことになる。一方、竹千代の友だった佐吉は、羽柴秀吉のもとで安芸の毛利攻めに加わっていた。

サア、再び動き出したる物語。荒唐無稽奇想天外波乱万丈痛快無比スリル満点血湧き肉躍る戦国鐵城(キャッスル)合戦絵巻(ラノベ)『鋼鉄城アイアン・キャッスル』第二の巻! ここにッ――。

――はじまりィ~はじまァ~りィ~ッ!

太田垣康男デザインの巨大ロボットが戦う戦国時代に降り立ち、一乗谷に鳴り響く浜松城のテーマソングから始まる戦国軍記物語の第二巻。竹田城から降り注ぐ太田垣輝延のサンダーボルトだの、「金髪碧眼!? 越後人だ!?」(なんでだよ)だの、万葉集や因幡国風土記から引用される大法螺だの、あれやこれやの悪ふざけをこれでもかと交えつつ、講談・講釈を意識したというテキストで、本当に聴いているかのようにスルスルと読まされる。演台を叩く音に拍子木、三味線まで聴こえてきそうなノリと勢いがある。誰もが知る戦国武将に、非常にマイナーな各地の城砦、東西離れた場所で覇を競う竹千代と佐吉のライバル関係も熱い。様々な与太も、調べてみるとちゃんと意味や出典があるのが楽しい。一巻とセットで、講釈を聴きに行くつもりで是非どうぞ。



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髙村資本 『恋は双子で割り切れない4』 (電撃文庫)

悪気のない、何気ない一言だったからかも知れない――だから、余計に辛い。

ねぇ――そういう意味じゃないよね?

神宮寺姉妹からの申し出を断れない。純はそれが間違った優しさだと知っていた。至る所で軋む関係に、純は選択をしようとしていた。

「この恋は、もう保留しない」。帯の文句と話の展開から、もしかして終わるのか……? と思ったら終わらなかった第四巻。ひとつの大きな区切りだと思うんだけど、次は何をどうするんだろう。いつもやり過ぎなほど詳細な出典引用一覧に、ガルパンがないのはなぜだろう(答:引用ではないから)。気になって仕方ない。続きをお待ちしております。