- 作者: 木下古栗
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/11
- メディア: 単行本
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「それで、お願いがあるのですが──」若い男はさらにもう一歩、もはや近すぎるほどに接近した。目が虚ろな輝きを帯びていた。「誠に突然ですが、先生のペニスを殴らせてはいただけないでしょうか?」
ポジティヴシンキングの末裔 (想像力の文学) - はてなキーワード
盛岡は万年筆をすばやく元に戻した。そして相手をよりいっそう厳しく見つめた。おふざけもここまでだと言わんばかりに。しかし若い男は深みには欠けるが一点の曇りもない真剣な眼差しであった。
「ずばり聞くが、君は変態性欲者なのかね? 残念ながら私は──」
「いえ、違います。僕はただ無欲に先生のペニスを殴りたいんです」
約 30 篇の短篇・掌編・断片からなる,群像新人文学賞を受賞した作者の初作品集.これは凄かった.さくらももこと漫☆画太郎のテクニックとセンス(ナンセンス)をテキストで叩きつけましたみたいな,何が起こっているのかよく分からないんだけどなんかすげーことだけは分かるという.話そのものはナンセンスかと思いきや,筋肉やら汗やらビキニの股間やら腹痛に襲われた黒人やら,その半端でない書き込みように圧倒される.物理的には約 320 ページなのだけど,改行は最低限でみっちりテキストが敷き詰められているため,紙面からくる圧迫感もまた尋常じゃない.さらに話が急にえらいところへ飛ぶのでオレ今なに読んでたんだっけ? という感覚に何度も襲われた.
勝手に部屋に入り込んで体を鍛える隣人に迷惑する「病んだマーライオン」.海からやってきたビキニパンツ一丁の男「ミドルエイジ・クライシス」.あ,あれマグロ漁は? 「爽やかなマグロ漁」.銭湯でメイクをした男たちとみっしり絶命カウントダウン「デーモン日暮」.コンビニで人間の尊厳を賭けて戦った黒人ジャクソンさんの記録「この冬…ひとりじゃない」.個別の話だとこのあたりが好み.そもそも個別なのか繋がりがあるのかも判然としないのだが.
とにかくムチャクチャ面白かったのは間違いないのだけど,一回通読しただけではまったく理解できた気がしない.今年のベスト級の一冊.すげぇ読書体験させてもらいました.