紅玉いづき 『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 (講談社タイガ)

それはなあに、と聞く前に、紺が持ち上げ、穏やかに笑う。
「八朔のゼリーです。お嫌いでなかったら」
うららは対して、顔色ひとつも変えることこそなかったが。
水を張った金だらい、それから真白く濡れたつま先を軽く蹴るようにあげて。
つま先が、小さく丸く円を描くのが、饒舌な招きの仕草で。
ぽつりと透明な滴がかかとから落ち、踏み石を染めた。

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「記者さんは、ご存じないのね」
そして、女の哀れをうたうように、さも当然のことのように、告げたのだ。
ありがたい縁談に、恋心なんて、御座いませんのよ」
それが答えだった。

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新米の新聞記者,英田紺は,箱屋敷と呼ばれる神楽坂の屋敷を訪れる.屋敷の主は,箱娘と呼ばれる少女,回向院うらら.箱であれば開けるのも閉じるのも自在と言われるうららに,紺はある「呪いの箱」の相談を持ちかける.
「怪しさが残る最後の時代」を舞台に新米記者が駆けまわる.「女」たちをテーマにした奇妙な連作短編.テキストの端々が本当に美しい.饒舌さはあまり感じないのに情景が浮かんできて,あっという間に引き込まれる.
新しい時代の到来を目前にして,「女」がいかに軽んじられてきたか,虐げられているか.ぞっとさせられることも多々ありながら,「女」というテーマを強く押し出した物語で,なぜこんな読後感にできるのか.すごい.傑作だと思います.