遍柳一 『ハル遠カラジ』 (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

こんな時でも、私が一番に考えるのは、自分の価値についてだった。

それがどれだけ卑しいことであるのかを薄々理解していながらも、自分の存在を容認されたいという内なる衝動が自己抑制を許さなかった。

誰からも必要とされない機械知性など、この世界にあってはならない。病に陥ってからというもの、私が最後にすがる生の衝動は、いつもそこにあった。

地球上から人類のほとんどが消滅した世界.イスラエルで開発された武器修理ロボットであるテスタは,主人である少女のハルとともに,自分を蝕むAIMDを治療できる医工師を求めて旅を続けていた.Artificial Intelligence Mental Disorder――論理的自己矛盾から生じる人工知能の精神障害にして,死に至る病.テスタに残された時間はそう多くなかった.

善性を与えられたがために,死に至る病とそれ以外のさまざまなものを失い,手に入れた人工知能の物語.デビュー作の『平浦ファミリズム』と同様,少し変わった家族,というか親子の物語でもある.

生まれたときから「善なる知性」であることを決定づけられ,人間に必要とされることを何よりも求める人工知能の善性とエゴを,非常に落ち着いたテキストで情緒的に語ってゆく.子の変化を見つめる親の視線,言葉と知性,人工知能が持つ好奇心,不安,絶望.デビュー二作目と思えない落ちついた優しい語りと細やかな描写に感情を揺さぶられる.そのままハヤカワ文庫から出ていても違和感のない,エモーショナルでしっかりとした,とても良い人工知能SFだったと思います.

―――フユ来タリナバ、ハル遠カラジ―――

日本語にはあまり明るくはなかったが、あの美しい言葉がヴェイロンの声とともに、自分の心の奥底にずっと残り続けていた。

私は、その少女を『ハル』と、そう名付けることにした。



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