小田雅久仁 『禍』 (新潮社)

禍

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「――そもそも言葉は嘘をつくために生まれたのです。真実を殺すために生まれたのです。一切の言葉は嘘であり、嘘は真実を噛み砕きながら歩を進め、その嘘の群れが通り過ぎたあとに、つまり見わたすかぎりの真実の死骸の上に、新しい嘘の世界が築かれてゆくのです。神はそうやって世界を創ったのですよ。神にできたのですから、人間がついた嘘のあとにも世界ができてゆくのは――」

「さっきも言ったけどよォ、これから行くとこで、お前さんはちょっとしたもんを見ることんなるよ。ああ、まだこんなもんがこの世にあるかってな。それでも人間、慣れちまうんだけどな。きっと俺たちはよォ、大昔に地獄に落とされちまってここにいるんだけどよォ、もうすっかり慣れちまって、地獄ってのはもっと下にあるもんだと思いこんでんだな。呑気なもんだわ」

一枚食べたらもう引き返せない。本を食べることを知り物語に囚われた男の「食書」。何人もの頭の中にもぐり続けた男? の独白、「耳もぐり」。灰色に染まり滅びつつある“滅びの夢”の世界に接続した男の半生、「喪色記」。異様な肉をつけた女たちに溺れてゆく平凡な男の末路、「柔らかなところへ帰る」。閉鎖された農場で、削ぎ落とされた鼻を畠に植えつける日々。地上の地獄はここにある、「農場」。髪を称える新興宗教の集会で起こった悲劇あるいは喜劇、「髪禍」。感染する全裸と、世界の滅亡と再生を描いた全裸SF「裸婦と裸夫」。巻末がこの全裸SFでいいのか……? とは思った。

まさに「禍」を煮詰めたかのような七篇を集めた短編集。静かで絶望的なホラーあり、筒井康隆を思わせるスラップスティックなSFあり、様々な悪夢の形を見せつけられた。吉川英治文学新人賞、日本SF大賞W受賞の前作『残月記』より、テーマ的にも長さ的にも読みやすいはずなので、まずこっちから読んでみるのもいいかもしれない。とても良かったです。



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