斜線堂有紀 『楽園とは探偵の不在なり』 (早川書房)

楽園とは探偵の不在なり

楽園とは探偵の不在なり

顔の削れた天使たちが灰色の空を飛んでいく。

天使は雨が降る前の空を飛ぶのが好きらしく、天使が二、三体も群れて意気揚々と飛んでいくのを見た後は必ずと言っていいほど雨が降った。

この世に天使たちが降臨してから5年。一人を殺しても何も起こらないが、二人を殺した者がもれなく地獄へ堕ちる。なぜそうなるのかは誰にもわからないが、世界は大きく変わり、探偵の青岸焦の人生も大きく変わっていた。

天使たちが群がる孤島の館で起こった、起こらないはずの連続殺人。二人を殺せば地獄に堕ちる世界で、いかに連続殺人は起こりうるのか。テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」に影響を受けたという変わり果てた世界にて、探偵のアイデンティティについて、神について、正義について、悪について考える。地獄の実在と、確実に堕ちる理由がはっきりしていることによって、ガラッと変わった社会の倫理。それに慣れきって生きている人々と、昔の仲間たちのことを引きずり続ける探偵の対比が哀しくも興味深い。孤島の館で連続殺人と、いかにもな新本格ミステリでありながら、人心と世界の両方に一歩踏み込んだ、非常にエモーショナルな作品になっている。とても良いものでした。



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池田明季哉 『オーバーライト ――ブリストルのゴースト』 (電撃文庫)

今、この瞬間、大きな流れを覆そうと、革命を起こそうと、ひとつになっている。

互いに競い合ってきたアーティストたちが、ひとつの作品を作り上げようとしている。

いや、こう言ってもいいだろう。

彼らはこの場所で、自分の生き様そのものを、作品にしようとしている。

刺すような独特のスプレーの匂いさえも、なんだか今は心地よいくらいだった。

イギリスのブリストルに留学中の大学生ヨシは、バイト先のゲームショップの店先で、小さな落書きを見つける。バイト仲間のブーディシアとともに落書きの犯人を追うヨシは、この街にいるライター、「ゴースト」の存在を知る。

バンクシーの生誕地でもあるグラフィティの聖地、ブリストルで描かれる「挫折と再生」の物語。第26回電撃小説大賞選考委員奨励賞。実際に住んでいたという経験を活かし、馴染みの薄い都市の空気を自然な描写で描いている。グラフィティに関する知識もほぼゼロだったので、やりすぎない程度の解説も新鮮で楽しい。それぞれの分野で挫折を味わい、助け合い想い合うことで乗り越える。ジュヴナイルらしい、爽やかな王道の物語になっていると思います。

持田冥介 『僕たちにデスゲームが必要な理由』 (メディアワークス文庫)

――禁止事項の増える檻のような公園がある。何かを言えば、すぐに揚げ足を取られる。言葉の一部を抜き出されて曲解され、簡単に炎上する。人と喋ることが怖いと思ってしまう。そういう世の中で、だから子どもたちが公園で殺し合う。

僕はこの文章を、きちんと接続していると感じた。

ある真夜中のこと。ふいに目が覚めた高校生の水森陽向は、不思議な焦燥感に導かれて公園にやってきた。昼とはまるで違った光景のそこでは、感情をぶつける場のない小学生から高校生までの子どもたちが集まり、夜な夜な一対一の殺し合いを行っていた。

第26回電撃小説大賞に応募された「問題作」。それぞれに自分たちではどうしようもない理由があって、僕たちは夜の公園で自主的に殺し合う。

親の無理解に悩み、学校や部活に悩む子どもたちを描いた、という意味では、よくある思春期小説なのかもしれない。その抑圧から逃れる手段として、公園という場と「誰も死なない殺し合い」を選んだことに作者の想いがかなり強く現れている、のだと思う。ロジックよりも子どもたちの感情に強く寄り添い、ストレートに描くことに心を砕いていると感じた。

言葉にするならきっと。

――阿久津と殺し合うために、存在している。

お互いにそう答えてしまうのは、詩的すぎるような気がする。というか単純に恥ずかしい。だから僕は代わりに、

「ありがとう」

と答える。

物騒なようでいて、物語には晴れやかさが伴っていた。クライマックスの殺し合いには晴れがましささえ覚えた。『千の剣の舞う空に』のような読後感だった。もう10年以上前の小説で、電子化されていないそうなのだけど、これが気に入ったなら探して読んでみて損はないはず。



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逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(2回目)』 (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(2回目) (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(2回目) (電撃文庫)

私たちが豚である理由を考えましょう。それが、私たちがメステリアへ来た理由であり、私たちの存在価値であり、私たちの使命なのです――

転生の法則を見出し、再び豚として異世界メステリアへの転生を果たした俺たちは、かつて旅をともにしたセレスと再会する。メステリアは王国と北部勢力、解放軍が三つ巴の戦火の中にあった。バラバラになった仲間を救うため、少女と豚は再び旅に出る。

解放軍の英雄は奴隷戦士となり、想い人は記憶を封印されたまま別の人生を送っていた。戦火に塗れた異世界で、豚に何ができるだろう。なぜ豚なのか、なぜ転生なのか。すべての事柄に意味が用意されていて、パズルのようにストーリーが組み立てられる印象を受けた。安直な転生ファンタジーだと思いきや、ものすごく考えられていると見た。家系や血統を表しているのだと思うけど、似た名前のキャラクターが(特に王家に)多くて、パッと判別しにくいのが唯一の欠点かな。大変良かったです。次も期待しております。



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藻野多摩夫 『さいはての終末ガールズパッカー』 (電撃文庫)

さいはての終末ガールズパッカー (電撃文庫)

さいはての終末ガールズパッカー (電撃文庫)

自動人形(オートマタ)に寿命が近付いた時、記憶デバイスがリスク低減のために補助用メモリーへと蓄積データをバックアップするようになる。その時、自動人形(オートマタ)の頭の中では過去の記憶が再生される。それが自動人形(オートマタ)たちの見る夢の正体じゃ。いいかい、リーナ。いずれおぬしもその夢を見る時が来る。それはつまり、おぬしに死が近付いているという証拠じゃ」

百三億歳を迎え、燃え尽きつつある太陽の下。世界は凍りつき、人類の文明はとうに滅んでいた。肉親を失った天涯孤独の少女、レミと、左腕の動かない出来損ないの自動人形(オートマタ)、リーナは、世界の果てにある《楽園》を目指して旅を続けていた。

雪と氷に覆われた西暦五十七億年の世界、少女と自動人形(オートマタ)はルート66を往く。今月の電撃文庫で二冊目の終末/凍結世界SF。同じ月にこのテーマがかぶることがあるのか……というのは置いておいて。SF的なテーマには真摯に向き合っていると感じるのだけど、ストーリーは百合とSFと、どっちつかずになってしまった印象。何を求めて読むかによって、好みが分かれるかもなあ、と思いました。



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