チャールズ・ストロス/金子浩訳 『残虐行為記録保管所』 (早川書房)

残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)

残虐行為記録保管所 (海外SFノヴェルズ)

「じゃあ、あのゲートの向こう側には」──ぼくはめまぐるしく頭を働かせる──「第三帝国の残存勢力が、暗黒の炎を燃やしつづけ、いずれはナチスの敵に復讐するための植民団が……異界で五十年間、潜伏生活を続けてきたんだけど……帰りの座標がわからなくなってしまったんですね? なんらかの問題が生じて、彼らはそこに閉じこめられてたんだけど──」ぼくは途中でやめてアングルトンを見つめる。「あなたはゲートの向こうにあるのがそれであってほしいと願ってるんですね?」
アングルトンはうなずく。「それ以外の可能性のほうが、もっとずっと悪いからな」

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アラン・チューリングによって基礎が築かれた数学的魔術は,平行世界から魔物じみた異生物を招き寄せるおそれがあるため,一般には秘匿されてきた.〈ランドリー〉は,魔術の隠蔽と,魔術によって発生する災厄を影から防止するため設立された英国政府の秘密組織である.〈ランドリー〉のエージェントであるボブ・ハワードは,アメリカから出国できなくなった女性哲学者と接触する任務を与えられる.
数学から導き出される魔術が存在する世界を舞台にしたイギリススパイ SF 小説.想像していたよりずっとボンクラボンクラしてて楽しかった.なんせこの世界にはアーカムミスカトニック大学が普通に存在するんだぜ.残虐行為記録ことアーネンエルベ・コレクション(ナチスの魔術実験の記録)だの,ガイガーがアインシュタインに宛てた書簡(「相対性理論は無効かもしれない」)だの,異世界の月だの,出てくるアイテムがいちいちバカバカしかったりカッコよかったりで燃える萌える.話運びのなかにはお役所のしみったれた慣習と,いかにも秘密組織じみた冷酷さが同居しており,ユーモアと緊張感が程よくミックスされているのもまた良かった.表題作「残虐行為記録保管所」は特に序盤がごちゃっとしていてあまり読みやすくはなかったのだけど,併録作品で同じくエージェントボブの活躍を描く「コンクリート・ジャングル」は最初からフルスロットルのエンターテイメントという感じでより好みだった.