スタニスワフ・レム/深見弾・大野典宏訳 『泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕』 (ハヤカワ文庫SF)

予定調和に関する、真に大いなる満足をあたえてくれる叙述に読みふけっていたとき、かなり不愉快なことが起こって読書が中断させられた。すでに異常な力でいっさいの鉄製品すら磁化してしまう宇宙磁気嵐が荒れ狂う空域に入っていたのだ。部屋ばきの靴ひもの先端に付いているタグにもそれが起こり、鋼鉄の床にくっついてしまい、食料品戸棚へ行こうにも一歩も動けなかった。このようにして餓死の脅威にさらされることになった。だが、そのとき、タイミング良く、決して手放したことのないポケット版『宇宙旅行者のためのハンドブック』のことを思いだした。おかげでそういう状況に陥った場合には靴を脱げばいいということがわかった。その後、私は読書にもどった。

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銀河中にその名前を知られる偉大な宇宙飛行士,泰平ヨンの航星日記.という名前の連作短篇.作者の手によって改訂を繰り返された同タイトルの,2003 年のポーランド語版を底本に,1980 年の訳出に手を加えた改訳版.ユーモア小説の皮を被った科学哲学小説,なんかな.導入は宇宙を旅しながらのドタバタや冒険劇だったのが,いつしかあちこちの異星にいる様々な知性との対話と考察へとシフトしていた.中身もさることながら,みっしり詰まった駄洒落と言語センス.おおよそ 50 年かけて改訂を重ねただけあって,よく分からない執念というか強迫観念というか,えらいことになっていた.初レムでこれを選んでしまって良かったのでしょうか…….面白かったです.