瀬名秀明 『希望』 (ハヤカワ文庫JA)

希望 (ハヤカワ文庫JA)

希望 (ハヤカワ文庫JA)

彼女は鉛筆を持ったまま、何かを考えていた。肩まで届く真っ直ぐな東洋の黒髪が、彼女の動きを待っていた。The Stars という単語が紙の隅に記され、そこで再び鉛筆の先が止まった。呼吸が整うまでの時間を男はともに待った。やがて女性は美しい姿勢で鉛筆の先端を紙の中央へ導き、英文を綴った。
特別な本をつくっていただきたいのです。
私のかわりに世界を聞き、言葉をしゃべり、呼吸をする本を。

光の栞

倫理は変貌する。未来とは人々の心の中で倫理が変化した世界を意味する。ごく数名ではなく人類の大多数がテロリストとなったとき、世界は未来という名の現在に進んだことになる。その際、過去の欲望の大多数も古びて消えるだろうが、最後にひとつ残るものがある。それこそが希望なのだ。歴史はつねに繰り返されるのだろう。

希望

2008 年以降の作品を集めた瀬名秀明の第一短篇集.連作短篇集はいくつか出ているのだけど,純粋な「短篇集」はこれがはじめてだそうな.収録作は「魔法」「静かな恋の物語」「ロボ」「For a breath I tarry」「鶫と鷚」「光の栞」「希望」の七篇.いずれの短篇も,なんというか,端的に言って恐ろしく上手い.まったく関係ない(ように私には見える)事象やアイデアを,ものすごくエレガントに並行させて走らせて結ぶ.特に最後の三篇はそれぞれにめまいがするほど幻想的で,息付く間もなかった.あらゆるひとにおすすめしたい,素晴らしい作品集でした.