神林長平 『我語りて世界あり』 (ハヤカワ文庫JA)

我語りて世界あり (ハヤカワ文庫JA)

我語りて世界あり (ハヤカワ文庫JA)

もしも人間が全知ならば争いはなくなる、かつてそう考えた人間がいたらしいのはまちがいない。すべてを知り、互いに共感し合えれば、現実はひとつになる、と。世界がいろいろな原理原則に分裂しているのは、個人の情報収集能力に限りがあるからだと強引に考え、共感世界をつくりあげた結果が、いまの世界だ。
この考え方をさらに強引に展開すれば、個性とは不完全な現実認識から生じる、ということになる。不完全な、というのは適当でないかもしれない。どこをとっても同じ情報しか得られない世界が完全なものだという、それに対する不完全な、という意味だ。なにかおかしな情報が得られる不均一な世界こそが個性を生じさせる。そういうことだ。

招魔効果

共感マシンから得られる共感能力によって,人類は均一な存在になっていた.自分たちに名前をつけるという遊びによって個性を手に入れた央,晨,隼子の三人は,〈わたし〉と名乗る存在にコンタクトを受ける.
すべての人間が感覚を共有し,彼と我の区別がなくなった世界を描く連作短篇.個性を得ること,他の個性に〈擬態〉することへの考察.共感によって個性をなくし,その代わりに「誰にでもなれる」ようになった人間の姿は,伊藤計劃『ハーモニー』のその後の世界,でもあるのかな.書かれた順序がまったく逆なのだけど,あのラストがどうしてもピンと来なかった(想像できなかったというかイメージがつかなかったというか)自分にとって,ひとつの回答を手に入れたような思いがある.いつかあわせて再読したいなあと思った次第です.