齋藤智裕 『KAGEROU』 (ポプラ社)

KAGEROU

KAGEROU

「気になるようでしたらそのパーツだけ除外することも可能ですが?」
「できるんだ?」
「ただし、パーツのお値段分を査定額の方から引かせていただきますが」
「いくらぐらい?」
「平均して五十万円ほどです」
「ゴジュウマン!?」
ヤスオの声が思わず裏返る。生まれてから四十年余りを“男”として生きてきた“象徴”であり“証”が、わずか五十万円だと思うと悲しいような、哀れなような、とにかくなんとも言えない気持ちになった。

Amazon CAPTCHA

40歳独身無職で貯金ゼロ,借金まみれのヤスオは,ひと気のないデパート屋上からの飛び降り自殺を決心する.サビだらけの金網を登っているヤスオを,力づくで止めたのは,全日本ドナー・レシピエント協会,略して全ド協のキョウヤと名乗る男だった.キョウヤはヤスオに,この世から消えるための手伝いをしたいと申し出る.
第5回ポプラ社小説大賞受賞作.仮面ライダーカブトこと水嶋ヒロが芸能活動と引き換えに出したデビュー作ということで,良くも悪くも注目された作品なのだけど,実際に読んでみるとこれがだいぶイメージが違ってくる.ちょう簡単に言うと「笑ゥせぇるすまん」を中篇化していい話にした印象かな.状況説明や語りのうまさは水準以上,良い意味で言葉を飾っていないので,素直にするする読める.死ぬことを前向きに決意した男の話,というとカッコいいのに,ダジャレ好きで無職の四十男を主人公にして,しみったれた情けない味を出すことを選んだため,不思議とほんわかした面白い雰囲気になっている.笑わせたいのか感動させたいのかよくわからないのだけど,“著者は本当に心優しくて性格がいいんだな”,という印象は私も持ちました.
そしてラストには仰天させられた.こんなすごい仕掛け,『屍者の帝国』にも出てこなかったぞ…….SFバカ本に収録されていたらたぶん全く違和感なく読んでしまっていたと思う.これに大賞を出す文学賞って……という気はするけど,面白かったです.