大森望・日下三蔵編 『さよならの儀式 年刊日本SF傑作選』 (創元SF文庫)

一つのイメージが湧いてきた。鉄格子だ。文字で書かれたありとあらゆる書物において、一行一行の文章がそれぞれ一本の鉄棒と化し、読み手の眼前に鉄格子として立ちはだかっている。読み手は文章という鉄格子によって書物の孕む意味世界と隔てられているのだ。にもかかわらず私はたった今、その鉄格子をすり抜け、意味世界に直接、没入した。文章を読むのではなく、喰うことによって。

食書

「シナリオの基本形に成長譚があります」
と、ようやく口が開かれる。
「まず葛藤や軋轢がある。そして、価値観を変えるような事件が起きる。主人公は変化し、障壁を越え、そして成長する。……わたしは、こうした物語にこそ暴力を感じる」

ムイシュキンの脳髄

お手伝いロボットとの別れの場面を独特の視点で描く宮部みゆき「さよならの儀式」.ドライな視点に徹するのかと思ったら…….
検索エンジンの修復機構によるシンギュラリティ(?)藤井太洋「コラボレーション」.ゾンビ・サービスと修復機構に頼もしさを覚える.
ウンディという「楽器」を弾くバンドメンバーたちの青春,草上仁「ウンディ」.バンドものとSFの良いとこどり.なんてみずみずしいんだ.
本を喰うという新しい体験をおどろおどろしく描く「イヤな“文学少女”小田雅久仁「食書」.「本」とはなんなのか,という解釈が新しくて恐ろしい.
石川博品「地下迷宮の帰宅部はよくある異世界召喚もののような導入からこんなラストになるなんて思いもしなかったよ! ライトノベルでは許されないストーリーなのではないか.そういう意味では,短篇ならではの作品といえると思う.
田中雄一「箱庭の巨獣」は「巣」に暮らすようになった人間とそれを守る「巨獣」の関係を描く.グロテスクでせつなくて.
宮内悠介「ムイシュキンの脳髄」ロボトミーに似た架空の術式,オートギミーによって起こる人間の変化.個人的にはベストの短篇だと思う.
神星と呼ばれるようになった木星圏を舞台にしたサイバーパンク冲方丁「神星伝」冲方丁にニンジャスレイヤーのワンエピソードを任せてみると面白いのではないか,と思うような愉快な短篇.
他の収録作品はオキシタケヒコ「エコーの中でもう一度」藤野可織「今日の心霊」筒井康隆「科学探偵帆村」式貴士死人妻(デッド・ワイフ)荒巻義雄平賀源内無頼控」酉島伝法「電話中につき、ベス」円城塔「イグノラムス・イグノラビムス」門田充宏「風牙」.どこから読んでも外れなし.楽しゅうございました.