柞刈湯葉 『重力アルケミック』 (星海社FICTIONS)

重力アルケミック (星海社FICTIONS)

重力アルケミック (星海社FICTIONS)

「若松から郡山まで何キロあった?」
「確か830キロでしたね。ここんとこ膨張ペースは安定してますよ」
「へー。おれの時は805キロだったよ。受験番号と同じだったんでよく覚えてる」

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僕たちが使う実験用重素は、先輩たちが合成に使っては教員が分解して再結晶、合成分解再結晶、合成分解再結晶、を何代にもわたって繰り返してきたものらしい。補充のための予算は基本的につかない。教授の定年退職などで研究室が解散する際、余った重素が学生実験用に受け継がれるのだ。戦時中は「重素の一粒、血の一滴」という格言があったそうだが、現代ではそれよりも枯渇しているわけだから何と比べていいのか分からない。

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重力を司る物質である“重素”の採掘によって,地球は断続的に膨張を続けていた.2013年,会津若松で生まれ育った湯川航は,東京の大塚大学理工学部に入学する.どこか遠くに行きたいという思いだけで,特に興味もない重素工学科でだらだらしていた航だったが,バイト先の古本屋で偶然見つけた「飛行機理論」が彼の人生を大きく変えることになる.
重力の素である「重素」の利用が実用化され,その採掘が原因で地球が膨張している世界.その世界での,現代日本の大学生を描いたボンクラ青春SF小説.理系の森見登美彦というか,なんともとぼけたボンクラ味がある.わりとあらすじ詐欺かもしれないけど,世界の姿から社会や大学生活まで,様々なレベルの描写がとても大胆かつ緻密.それでいて読んでいて肩がこらない.地球はどんどん膨張を続け,重素が実用化された代わりに「飛行機」の概念は忘れ去られていて,フロギストン,カロリック,エーテルの存在が証明(もしくは理論化)されたらしい世界.本当に楽しい.この世界の科学史を読んでみたくなる.良い青春SFでした.