海からの風が地面を滑ってくる。きつく冷やされた潮風が肺に流れ込む。視線の先、逃げ水は海に還り、水平線の両端は空の紺碧に押しつぶされている。その中央には、見慣れぬ白。
幼い頃より慣れ親しんだ故郷の海が、進の過去と現在を包摂する母なる存在が、真白の巨塊を抱えていた。ビル? マンション? ドーム球場? いや、その程度の表現では許容できない。過去の記憶や現在の常識からはみ出すあの大きさは、それら建築物風情が代替できるものでは決してない。水平線を覆い、晴天を衝くそれは、まさに海に浮かぶ一峰の孤山。
2035年の夏のはじまり、三浦半島。高校生の進、羽、一輝の三人は、一年前の事故が原因でぎくしゃくした関係が続いていた。三浦半島沖に一夜にして現れた巨大な氷山が、三人の関係と、世界の運命に大きな変化をもたらそうとしていた。
ぎこちない日々を送る三人の高校生、氷山とともに現れた謎の少女、大人たち、巨大氷山がもたらす世界の変化を「夏の主人公」が語る。第16回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞。ガガガ文庫恒例の夏・青春・SF小説。SF描写は非常に流暢で整理されており、夏の学校や、身近な近未来の描写、夏の間に徐々に溶けて、小さく、薄汚くなっていく氷山といった描写も美しい。それとは対象的に時系列や視点が目まぐるしく飛び回り、語り手不明の人物描写が印象に残る。単純に作者が不器用なだけかと思っていたのだけど、読み終わってみると、その地の文まで含めて、「一冊の物語」だったことに気づく。
いやまあ、どこまでが意図してやったことなのかはわからないし、正直言ってかなり読みにくい小説になっているのは間違いない。読んで少し経ってからじわりと愛おしさが溢れてくるタイプの物語だと思う。あらすじに少しでも惹かれるところがあるなら読んでみていいと思う。とてもよかったと思います。