新馬場新 『沈没船で眠りたい』 (双葉社)

千鶴はいつしか地面に転がる腕や足首を見ても、なんとも思わなくなっていた。むしろそれが当然だと考えるようになった。機械は自分たちの生活からたしかに何かを掠め盗っている。

以前はしなかった、そうした考えに囚われている自分に気が付き舌打ちもした。自分の中にある芯が、物事の見方さえ、気づかぬうちに変わっていくことが恐ろしかった。また、その変化すらもが、機械に生活を掠め盗られたから生じたのではないかと考えてしまい、敵は機械なのではないか、有村の主張は正しいのではないかと頭はぐるぐる回って気持ち悪い。

AIと科学技術が高度に発展した2044年。機械によって雇用を奪われた労働者と、将来の労働者たる学生たちは、ネオ・ラッダイトを名乗り機械の打ち壊し運動を行っていた。運動の熱がピークを迎えた暴動の夜。ひとりの女子学生が機械を胸に抱いて海に身を投げる。機械の不法投棄として処理されようとした事件には隠された真実があった。

「刑事さん、最後にひとつ、教えてください――望んでもいないのに勝手に来る変化を、人は受け入れなくてはいけないんでしょうか」

否応もなく少しずつ訪れる変化を、人間はどのように受け入れなければいけないのか。人間の仕事は、芸術は、果ては人間そのものは機械に代替されてしまうのか。事件と暴動が起こるまでの3年間を。新しい時代の到来をテセウスの船にたとえて問いかける、現代シスターフッドSF。正義感から始めたはずなのにコントロールを外れ制御の効かなくなる運動、学習することの必要性を忘れた貧困層、そんな社会の裏で、悠と千鶴の関係は変化してゆく。

約一年前に出た『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』の先を描いた物語のようでもあり、今まさに起こっている(先日のAI絡みの炎上騒ぎを思い出す)ことをそのまま切り取ったようでもある。シスターフッドSFを銘打って売り出すにはあまりに邪悪なのではなかろうか。あと、「本作品は書き下ろしです」の次のなんてことのない一行が、まるで騙し討ちされたようでヒッとさせられた。作者の本を読むのはデビュー作『サマータイム・アイスバーグ』以来でした。今年トップクラスのSFだと思います。



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