僕たちがビーチに一番近いバス停で降りるまで、結局新たな乗客は現れなかった。下車するやいなや、早速浮き輪に息を吹き込みながら小さめのビーチサンダルをキュッキュと鳴らした。その軽快な音だけで、待ってましたと僕たちを焼きにかかる憎らしい太陽に抗うことはできない。ただ海に飛び込むことによってのみ、一つ覚えの日射しを払い除け、傲る太陽をやっつけることができるのだ。僕は浮き輪が元の形を取り戻すまで、ほとんど休みな区域を吹き込みつづけた。膨らみきった浮き輪は去年の夏よりも小さくなっていた。そういえば小学生の頃から使っている浮き輪だ。
「ギャグマンガ日和」の増田こうすけの小説デビュー作。夏休み、友人のコイタとふたりで海に出かけた僕は衝撃の秘密を打ち明けられる。あれ、文章というか、夏の空気を描くのがむちゃくちゃにうまい……からのなんだこれ? の天丼を繰り返す「僕の夏休みの冒険」。中三の二学期、ブラジルからやってきた転校生に青春を狂わされる。中学時代のやらかしとその後を、共感性羞恥を含め丁寧に書き上げた表題作「転校生」の書き下ろし二作が本当に良かった。「あまり小説は読まない」(あとがき)漫画家にこれだけのものが書けるのか。騙されたと思ってお気楽に読んでみるといいかもしれません。