泉和良 『私のおわり』 (星海社FICTIONS)

私のおわり (星海社FICTIONS)

私のおわり (星海社FICTIONS)

私の打った文字はたった二文字だったけれど、それは最小限のメッセージとなって、電子海のサーバーを経由し、生きている私のパソコンへと届いてしまう。そして、生きている私の目に入った瞬間、それはもう確実に、気のせいでも、風のせいでも、電子海の波のせいでもなく、現実の誰かの手による、ある意図を纏った情報として認識されてしまうのだ。また、そこでいう誰かとは、本当は私なんだけど、生きている私がそこまで気付くはずはなくて、彼女はそのメッセージに自動的に添えられている差出人の名前を見て、その人が送ったのだと信じることになるだろう。

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目が覚めると,私はあの世へ向かう船の甲板にいた.混乱して暗い海へ飛び込んだ私が次に目を覚ますと,そこは私が交通事故で死ぬ四日前の,天霧君の部屋だった.
死んでしまった「私」が,もう一度だけ繰り返す「おわり」の四日間の出来事.「私」は片思いをしていた天霧君の部屋で,彼の生活や「生きている私」を見つめる.物語は荒川区のマンションと記憶の中だけで動いていく.驚くような出来事は起こらない.舞台はぜんぜん違うけど,雰囲気は『セドナ、鎮まりてあれかし』にかなり近いかな.見るべきは,死んでいる「私」と,「生きている私」の距離感が微妙に揺れ動いているところかな.もうすぐ死んでしまうことを知りながら,ちょっとでも「生きている私」の想いを成就させようと干渉する間,呼称が「生きている私」,「彼女」,「その人」と移っていく.自分から生まれた別の自分というか,でももうすぐ死んでしまうんだけど,という.非常に掴みどころがない話だと思った.