一条明 『猫刑事』 (光文社)

猫刑事(ネコデカ)

猫刑事(ネコデカ)

「リシー、事件です」
「これを邪魔される方が、よっぽど大事件だよ」バナナチョコチップ・アイスのカップから嫌そうに顔をあげ、フェリシアはこちらを振り向いた。わずかだが吊り上がった巴旦杏(アーモンド)形の目は、疑いようもなく、猫から作られたネコ系の混成体(ミックスト)のものだ。瞳の奥から、険悪な視線がアーニーを睨みつけた。落ち着いた口調だが、声は細く、それほど大きくもない。彼女の静かにふるまう癖は、ほとんど遺伝的なものだ。

Amazon CAPTCHA

人間性を「連続する自己同一性」に置き,汎・人間主義(パン・ヒューマニズム)を掲げる〈主観性神学〉(サブジェクティヴィティー・テオロジー)により犬猫などあらゆる動物にも人間性を認められるようになった時代.元猫の混成体である刑事,フェリシアは居住区第8セクターで今日も怪事件,珍事件の捜査に大忙しである.
覆面作家一条明のデビュー第二作.「人間化」した猫や犬などの動物たちに加え,脳だけ「混成体」になった猫やら「天然物」の人間やらが営む社会を舞台にしたSFミステリ.基本的には日常の謎.物語の根幹にある〈主観性神学〉はすごい発明だなあ.かなりの密度で情報がつめ込まれているのだけど,テキストや話運びが非常にしゃれていて,するっと読めるし飲み込みやすい.宗教やイデオロギー,大きく変化した社会倫理のひとつひとつにもはっとさせられること多し.そうか,ヒトの姿になった猫でも猫の姿をした猫に欲情するのか,とか,細かいところにも気が配られている.楽しかった.覆面の内側はかなりの実力作家であることは間違いありませんぜ.