上田早夕里 『深紅の碑文』 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

深紅の碑文 (上) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (上) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (下) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

深紅の碑文 (下) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

「無理もありません。先生は私たちを助けるために、ひとりで闘って下さったんです。本当にありがとうございます」
そうじゃない、単に怖かっただけだ、死の恐怖に耐えられなかったんだ――そう叫びたかったが言葉にならなかった。
ここしばらくの経験が一気に甦り、脳裏で、めまぐるしく再生された。人間同士の激しい戦いと夥しい死。こんな調子では、人類は〈大異変〉が来る前に滅びてしまうのではないか。世界規模で殺し合って、死に絶えてしまうのではないか――。

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〈大異変〉と呼ばれる大規模なプリューム噴出と,それに続く長い冬の訪れが近づいていた.人類の滅亡を前に,陸上民と海上民の間の溝はますます深刻化.海上民の一部は〈ラブカ〉を名乗る反社会勢力として闘争を行っていた.一方,深宇宙研究開発協会(DSRD)は人類の痕跡を深宇宙へと残すべく,宇宙船の開発を行っていた.
「魚舟・獣舟」(感想),『華竜の宮』(感想)の直接の続篇.滅びを数十年後に控え,それぞれにできることをそれぞれの意志で行う人々(大きく分けて三人の人物が中心)を,綺麗事を抜きに愚直に描いてゆく.SF的な驚きはあまりなく,変化してゆく世界を泥臭く描くスタイルに驚いた.文化や倫理は数十年のスケールで自然に,あるいは人為的に変化する.未来が閉ざされつつある中,それぞれの信念と正義を貫いて,まとまるどころかどんどん分裂していくように見える人類(と物語).綺麗にまとまったとは言いがたい(そもそも終わっていないと思う)のだけど,作中のキーワードである「深紅」で刻むような,なんとも言えない執念を感じた.