鳩見すた 『アリクイのいんぼう 家守とミルクセーキと三文じゃない判』 (メディアワークス文庫)

なんの気なしにカレンダーに丸をつけたら、ウサ耳の女の子にそそのかされ、アリクイが焼いたパンケーキを食べ、猪突猛進な隣人とカニをつつき、ワンピースで犬とたわむれて、ハトとカピバラの決闘を目撃した。

まるで自分が不思議の国の住人になった気分だけれど、それぞれの冒険をつないでいるのは、ハンコとあんことわんこという、現実の存在なわけで。

ここは,印章店と喫茶店が合わさったお店,有久井印房.店長が白いアリクイにしか見えないこのお店で,夢を見つけられなくなった三十路のOL,妻を失った70手前の老人,夢を諦めようとしている音大生,ある事情を抱えた姉弟が,不思議な縁を紡いでゆく.

溝の口のような場所にある,アリクイが経営するハンコ屋(印房)を舞台にしたオムニバス小説.地味なお仕事小説かと思いきや,一話ごと,語り手ごとにびっくりするくらい変わる文体と,それぞれに仕掛けられたちょっとしたトリックにすっかり引き込まれてしまった.ガチガチのミステリは書かない作者だけど,語りの手法はミステリのそれだよな.

ハンコにまつわるうんちくや,ハンコに込められた社会的な意義や歴史も丁寧に語られる.昨今いろいろと言われることも多いハンコだけど,いろんな意味があるんだな,と興味深く読んだ.二巻三巻まで即ポチったので,ゆっくり読んでいこうと思います.